福音派は差別に加担しているのか?(1)アメリカの福音派と奴隷制度

全米で黒人差別に対するデモが連日行われています。神学校から比較的近くのシカゴでも大きな暴動が起こるなど、アメリカ留学早々コロナとデモという大きな時代の波の中にいきなり飛び込んでしまった感覚です。

クリスチャンとして人種差別をどう捉えるか、様々な記事がネット上で上がっています。是非一読ください。(ルイビル教会の佐藤先生のインタビュー、ランサム先生の構造的差別についての投稿、藤本先生の差別の土台となる神学的人間論についての投稿、など。)私自身は、日本ではあまり論じられていない「福音派」と差別の歴史についてこの機会に調べてみることにしました。

今アメリカでは所謂「福音派」クリスチャンについて二つの意見が飛び交っています。

point

1・福音派クリスチャンこそ差別の原因である

2・奴隷制度や差別に反対してきたのは福音派クリスチャンである

もちろんこれは単純化しすぎなのですが、乱暴に分けるとこのように「福音派を差別の原因、そして差別を助長しているグループ」として批判する声と、それに対して「福音派こそが差別と戦ってきた」と擁護する声とに分かれています。(必ずしもリベラル・世俗VS福音派という構造ではなく、福音派の中でも1の意見の方は多数存在しています)しばしばこの議論は感情的になり、教派、団体、学校批判へと繋がっていきます。では実際のところはどうだったのか。冷静かつ客観的にアメリカ福音派の歴史と差別の関係について学んで行こうと思います。

アメリカ福音派(Evangelical)と奴隷制度

アメリカの建国時からごく最近まで福音派、または伝統的キリスト教(福音派という呼び方がなかった時代)はアメリカ文化の中心でした。奴隷制度が存在していた時も、奴隷制度廃止後ジム・クロウ法が定められ、黒人の人権が法律で制限されていた時も、福音的なキリスト教が主流の文化だったと言えるでしょう。今の時代に生きる私たちの感覚からすれば、なぜクリスチャンが奴隷制度に平気でいられるのか、なぜクリスチャンが制度的な人種差別に声を上げないのか。と、不思議に思うことでしょう。(特に日本からは想像もできません。)

しかし、当時の記録を読んでみると福音的な信仰が差別問題に対してどのような影響を持っていたのか、あるいは持てなかったのか興味深いことが見えてきます。

植民地時代 (1700年代以前)

1700年以前の植民地時代、奴隷は白人よりも劣った存在と見なされ、魂を持っていないとすら考えられていました。そのため奴隷に伝道するということはほとんど考えられていなかったようです。しかし、奴隷人口が急増していく中で、少しずつ奴隷に対しても福音を語るべきではないかという論調が生まれ始めます。代表的なのはニューイングランド植民地のコットン・メイサー牧師です。彼は黒人への伝道の必要性を訴えかけるトラクトを精力的に執筆しています。しかし、奴隷への伝道は多くの場合好意的には受け止められてはいませんでした。その理由の大半は、奴隷に伝道することによって社会の秩序が保てなくなることを恐れるものでした。アメリカ、特に南部の農家は奴隷の労働力に依存していました。奴隷に伝道することによって奴隷を自由にしないといけなくなるのではないか、そんなことになったら生活が出来なくなってしまう、と人々は恐れていたのです。

奴隷への伝道を熱心に主張したコットン牧師でしたが、興味深いことに彼の主眼はあくまで「魂の救い」のみでした。コットン牧師はむしろ奴隷を自由にすることには反対し、伝道することは奴隷を自由にすることではない。聖書は奴隷を自由にするべきだとは語っていないと熱弁したのです。[1]

リバイバル(大覚醒)時代 1730-1970

1730年代以降、アメリカで大覚醒(Great Awakening)と呼ばれる信仰のリバイバル運動が起こります。罪の悔い改めと敬虔主義を強調したこのムーブメントは全米に広がっていきます。アメリカの福音派のルーツとも呼ばれている出来事です。この運動を牽引したのはジョナサン・エドワーズやイギリスからやってきたジョージ・ホウィットフィールドでした。特にホウィットフィールドは「アメリカ福音派の父」としても知られているほど影響を及ぼした人物でした。悔い改めと信仰の覚醒のメッセージを巡回伝道師として各地で語る中で、ホワイトフィールドはコットン牧師以上に奴隷への伝道を訴えます。あるトラクトでは

「あなたの子供たちは哀れな黒人の子供たちより優っていると思っているのか。決してそんなことはない。黒人は白人と同様に、それ以上でもなく、同じく罪の中に生まれているのだ。」

と、罪の普遍性を語り、リバイバル集会では黒人にも白人にも語りました。ジョナサン・エドワーズ研究で有名なジョージ・マースデン氏は、福音派キリスト教の感動的なメッセージ、非階級制、霊性の重視、後のものが先になるという約束は、奴隷たちの心を捉えたと分析しています。[2] 魂の救いを強調したリバイバル運動は奴隷も自由人も罪の呪縛の中にあるとし、普遍的な伝道を続けました。ジョナサン・エドワーズも霊的な意味での平等性を強調し、ノーサンプトンの教会では奴隷を含めた九人の黒人を教会員として登録しています。当時としては画期的な出来事でした。[3]

しかしその反面、リバイバリスト達は霊的な意味での平等性を主張しつつも、コットン牧師同様この世においての平等性は支持していませんでした。エドワーズは1731年に14歳の少女ビーナスを購入している記録が残っています。(何とその領収書の裏紙を説教原稿として使っています)またノースフィールド地区のドーリトル牧師が奴隷所有に関して人々から批判された際には、奴隷制度を支持する文章を書き送っています。[4] また、ホウィットフィールドも奴隷制度に関して「鎖に繋がれていることが彼らにとって救いの最も確かな道なのだ」と述べています。それどころか、奴隷への暴力については、それが彼らの惨めさを引き出し、福音に耳を傾けるようになるという理由から暴力を肯定する発言さえしていました。[5] ホウィットフィールドもエドワーズも尊敬すべき素晴らしい福音的指導者だったことは間違いありません。しかし「魂の救い」にフォーカスし、白人にも奴隷にも平等に伝道した彼らの働きは、奴隷制度自体に反対の声をあげることには至りませんでした。

ちなみに、ホウィットフィールドの親友でもあり、イギリスでメソジスト運動を指導していたジョン・ウェスレーはホウィットフィールドと異なり、奴隷制度に明確に反対していました。[6]ウェスレーは死の数日前に、イギリスで奴隷制度廃止に向けて戦っていたウィリアム・ウィルバーフォースに激励の手紙も執筆しています。[7]イギリスとアメリカ。同時期に起こったリバイバル運動ですが、奴隷制度についての見解が大きく異なっていたことは興味深い点です。イギリス国内ではすでに奴隷制度が存在しておらず、社会的なプレッシャーが無かったことは大きな理由の一つでしょう。アメリカでは奴隷制度は生活の一部となっていましたから、「魂の救い」にフォーカスしたリバイバル運動の中ではある種の必要悪のように捉えられていたようです。[8]

3分でわかるアメリカ独立戦争が起きたキッカケは「お金」と「お紅茶 ...

1770年代、独立戦争の前後になると状況は少し変わってきます。イギリスからの独立と自由を求める声は必然的に奴隷制度への疑問も投げかけたのです。多くの教会で、特に南部の奴隷が少ない地域においては奴隷制度が神に対する罪であるというメッセージが語られるようになっていきます。独立戦争後、奴隷制度の反対する最初の全国的団体が1794年に設立されます。特にアメリカ北部においては知識人や教会指導者によって奴隷制度廃止が語られるようになっていきます。しかし彼らは独立したばかりのアメリカに混乱を起こすことを望んではいませんでした。奴隷制度に反対しつつも、今すぐ制度を撤廃させようとするようなラディカルな動きではなく、あくまで長期的なビジョンにすぎませんでした。。社会学者のマイケル・エメルソン師は当時の教会指導者の態度についてこのように分析しています。「彼らは伝道と弟子訓練という教会のミッションがまず最初に来るべきだと考えていました。当時の福音派は、個人が変わる(救われる)ことによって社会の問題はおのずと良くなっていくだろうと考えていたのです。」[9]

ここにもまたリバイバリスト達と同様に「魂の救い」そして伝道を最優先する福音派の特徴が表れています。もちろんそれは決して福音派として悪いことでも恥ずべきことでもありません。福音宣教は昔も今日も福音派の中心的なミッションとして掲げられるべきでしょう。しかしその一方で、個人の魂の救い、そして「個人の罪」にフォーカスする中で、伝道にとって障壁となるような要素(例えば物議をかもすような「奴隷制度」のような政治発言)を避け、「社会的な罪」を「個人の罪」の問題として片付けようとする傾向があったことも見えてきます。

南北戦争前(第二次リバイバル) 1830-1865

1800年代に入ると全米で第二次信仰覚醒運動が起こります。第二次リバイバル運動、そしてホーリネス運動の中心的伝道者だったチャールズ・フィニーは、第一次リバイバル運動の指導者と異なり、明確に奴隷制度に反対を表明します。以前のリバイバル運動と異なり、フィニーは奴隷制度への反対を信仰における重要事項と捉え、信仰者は社会変革に携わるべきだと主張します。さらにフィニーは奴隷制度を「国家の罪」と捉え、奴隷を所有する教会員に対して陪餐停止処分を下すなど断固とした態度をとります。[10]フィニーが当時の福音派クリスチャンに与えた影響は大きく、北部を中心に奴隷制度に反対する機運が高まっていきます。フィニーは彼以前の指導者達のように奴隷制度を単なる「個人の罪」の問題として片付けようとせず、社会悪として断罪し、悔い改めを促す信仰覚醒運動の中に奴隷制度を位置づけています。フィニーが福音宣教の中に社会的な悪への悔い改めのメッセージを加えたことは非常に重要な貢献だったのではないでしょうか。フィニーの貢献は、「奴隷制度撤廃に福音派が貢献してきた」とする意見に合致するものであり、正当に評価されるべきでしょう。

しかし、フィニーは奴隷制度に反対しつつも、同時に人種的偏見に関しては否定しませんでした。統合主義(白人と黒人を分離するのではなく平等に扱う立場)を取っていた友人に対してフィニーは行きすぎた思想であるとして反対する手紙を記しています。

「確かに人を色や身体的特徴で区別することは多くの場合間違った偏見だろう。しかし私はそれが常に間違っているとは考えない。(中略)確かに偏見は多くの場合人を不当に扱うことにつながるだろう。しかしだからと言って偏見自体が論理的に間違っているわけではないのだ。」[/voice][11]

フィニーは奴隷所持、また奴隷制度を「罪」と断罪しつつも、黒人に対する偏見や差別、また立場の区別については罪ではないと考えていたのです。フィニーがリバイバル運動、そして奴隷制度反対運動の中心人物であったのであれば、彼の奴隷制度に反対しつつも差別には反対しないという態度は多くのクリスチャンに影響を与えたことでしょう。そしてこの態度こそが、制度としての奴隷制度廃止後もジム・クロー法という別の形で黒人への偏見や差別が生き残っていく土壌を築いてしまうのです。

 さらに、上記のフィニーを中心として奴隷制度撤廃運動は奴隷自体の少ない北部での出来事であり、奴隷が経済の中心を担っていた南部においては全く状況が異なります。南部の教会指導者達は北部と異なり、奴隷制度に賛成し、自らも奴隷を所持していました。そして奴隷制度撤廃の機運が北部で高まる中、それに対抗し、聖書がむしろ奴隷制度を支持していることを主張しました。聖書的な根拠として南部のクリスチャンが掲げたのはアブラハムが奴隷を所持していたこと、十戒は奴隷制度を2度も記していることから肯定していること、奴隷制度が一般的だったローマ社会においてイエスが何も言及していないことなどを挙げ、奴隷制度こそが劣った人種を守り、伝道するための神の手段だと捉えたのです。[12] そして南北戦争が近づく中、多くの教団が奴隷制度の是非を巡って分裂していきます。この分裂は現在に至るまで続いているものもあります。例えば現在アメリカ最大の福音派教団である南部バプテスト連盟のルーツは、奴隷制度を支持することによってこの時代に分裂したバプテスト教会です。(1995年に奴隷制度支持について正式に悔い改める声明文を発行しています[13]

anti-abolitionist cartoon
奴隷制度反対を主張するクリスチャンに「悪魔の声」として反論するトラクト

まとめ

福音派の奴隷制度への態度を総合的に見ると、北部においてはフィニーらを中心として聖書を根拠に奴隷制度を罪として反対し、南部においては聖書を根拠に奴隷制度を支持するという構造があったことが分かります。福音派は奴隷制度に反対したのか賛成したのかという冒頭の問いに対しては、賛成したのも反対したのもどちらも福音派だったということになります。社会学者のフォレスト・ウッド氏は「誰が奴隷制度に賛成し反対したかというのは、皮肉なことに完全に経済的・政治的理由によるものであった。クリスチャンの信じていた全ての事柄をもってしても、奴隷所有者の財布を凹ませることは出来なかったのである。」[14] とキリスト教信仰の無力さを痛烈に批判しています。

現代の視点から見てフィニーなどの奴隷制度に反対した北部の福音派指導者を賞賛し、南部の福音派指導者達を批判することは簡単です。しかし私たち福音派クリスチャンが考えないといけないのは、北部も南部も奴隷制度以外に関してはほとんど同じ福音的信仰を持っていたという点です。私たちが問わねばならないのは、なぜ南部の教会が奴隷制度を「罪」と言い抜くことが出来なかったのか、なぜ福音が経済・社会制度の壁を乗り越えることが出来なかったのか、なぜ「南北戦争」という最も暴力的な方法でしかクリスチャン同士がこの問題を解決することが出来なかったのかということです。分断された社会において福音は一体どんな意味を持つのか。これは決して他人事ではなく、アメリカだけの話ではなく、現代を生きる日本を含めた世界中のクリスチャンが問わなければならない課題ではないでしょうか。

次回はパート2として奴隷制度廃止後、キング牧師の公民権運動前後の福音派と差別の歴史について考えたいと思います。

(予告しておきながらパート2が書けてない記事が多すぎてごめんなさい。笑 アメリカに来てから目まぐるしく状況が変わりすぎて驚いています。)


[1] Forrest Wood, “Arrogance of Faith: Christianity and Race in America” 36.

[2] George Marsden, “Evangelicalism and Modern America” 28.

[3] George Marsden, “Jonathan Edwards: A Life” 258

[4] Kenneth Minkema, “Jonathan Edwards on Slavery and the Slave Trade” 826.

[5] Forrest Wood, “Arrogance of faith Christianity and Race in America” 274.

[6] https://docsouth.unc.edu/church/wesley/wesley.html

[7] https://christianhistoryinstitute.org/magazine/article/wesley-to-wilberforce

[8] George Marsden, “Jonathan Edwards: A Life” 256.

[9] Michael Emerson “Divided by Faith: Evangelical Faith and the Problem of Race in America” 29.

[10] Frances FitzGerald “The Evangelicals: The Struggle to Shape America” 40.

[11] http://www.charlesgfinney.com/Finneyletters/finlets/finlet%201830-1839%20done/finlet1836-04_30.htm

[12] https://www.christianitytoday.com/history/issues/issue-33/why-christians-supported-slavery.html

[13] https://web.archive.org/web/20140408064550/http://www.sbc.net/resolutions/899

[14] Forrest Wood, Arrogance of Faith: Christianity and Race in America” 276.

3 件のコメント

  • Kas, I’m so proud of you and truly appreciate this article. Well done my friend! Well done! You have come here and learnEd so well and are sharing your knowledge with our fellow brothers and sisters. Thank you for your curiosity! Thank you for your research! Thank you for your willingness to be a teacher and to stand in the gap to educate all those who may not have ever had an opportunity to learn these things were it not for your willingness to be a voice. God’s blessings upon you!

    FYI…I know it may have seemed like things change suddenly since you’ve been here, I get it and can certainly understand your sentiment. What’s funny is that it has not really changed at all for most people in the African-American community. The biggest difference now is that most of the nation and the world at large is more aware of what’s been festering and are engaging in what we’ve been suffering through for the last 400 plus years. Thank you for seeing us!

    • Hi Karina!! Thank you so much for the comment. And thank you so much for your presence on campus. I was actually surprised to see that there were only a few African American students in Trinity. You guys have motivated and inspired me so much! And I was surprised you were able to read the Japanese too. lol

      I’m sorry if my first paragraph sounded inappropriate. I meant that it has been a turmoil since I came to the States this January with Corona and all. I am sorrow that I have not been attentive in the past, especially since I considered myself as kind of an “outsider” as a Japanese foreigner in the US. But the recent chain of events triggered me to dig deeper. Hope to see you on campus soon!!

  • かずさ久しぶり!!
    フェイスブックやめてしまったから、コメントでお許しください。
    かずさ留学したと聞いて、コロナウイルスでどうしているかなと思って実は心配していたんだけど、
    たまたまかずさのブログ見つけて、見たらとても充実した内容で、安心しました。
    これからもかずさの働きを応援し、お祈りしています。

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