海外の博士課程に進む方法②指導教官の探し方

今回はイギリスやドイツなどのヨーロッパ型PhDでは最も重要とも言える「指導教官」についてです。どういう基準で指導教官を選ぶのか、そもそもどうやってアプローチするのか、どうすれば推薦してもらえるかなど、ぶっちゃけた内容をお伝えしようと思います。(完全に主観的な情報なので悪しからず・・)

本当にあった怖い話

アメリカ型のPhDのように5ー6年単位で、かつプログラムも充実している博士課程とは違い、イギリスやドイツなどのヨーロッパ型はほぼ指導教官とマンツーマンで、やることはただひすら「博士論文を書く」の一点に尽きます。(もちろん博士課程の学生向けのトレーニングクラスや大学院の科目を聴講できたりもしますが、あくまでそれはオマケの位置付けです。)
私が最初博士課程を考え始めた時、正直指導教官の重要性をあまり理解しておらず、どちらかというと学校の知名度やブランドを優先していました。でもそんな時、色々と「怖い話」を耳にするようになったのです。。

怖い話1:放置→退学

ある超有名な新約学者の元でPhDを始めた学生の話。超有名な先生の元で勉強できることを楽しみにして入学したものの、先生が多忙すぎてほとんどコミュニケーションが取れない。年に数回しか会えない。メールも返信がほとんど返ってこない。しかし、1年目の試験の直前に指導教官から大量のダメ出しが。根本的にやり直さざるを得ないような内容だったそうです。その学生は流石に時間が足りないと思い、今までやってきた方向の中で可能な限り修正して審査に論文を提出。しかし、結果は審査通過せず、退学。家族を連れてイギリスまで来たのに1年で退学になってしまったその学生のことを思うといたたまれません。(幸い他の学校に転校できたそうです)

博士課程一年目は実は「試用期間」

ちなみに、あまり知られていない超重要なファクターが一つ。それは多くの場合、一年目の博士課程の学生は「試用期間」だということです。つまり正式にはまだ博士課程の学生としては認められておらず、ちゃんと論文を書ける能力があるか試されてる期間です。(アメリカ型の場合は最初の3年間のコースワークがそれに該当すると思います)1年目の最後には書いてきた論文の途中経過を提出し、審査があります。そこで通らないと。。。なんと。最悪退学です。その場合はPhDではなく修士に格下げで卒業という処置がとられることもあるそうです。
この制度、自分はかなり後になって知りました!(初めて聞いた時背筋が凍ったのを覚えています)

怖い話2:やりたくない研究をさせられる

ある学生は指導教官と意見の対立があり、毎回研究内容を自分が望んでいない方向に修正されて悩んでいました。自分の確信を曲げざるを得ないような研究方針と修正に次第に疲弊し、思い切って自分のやりたいように研究をさせてほしいと伝えたところ、「だったら私の元ではできない」とはっきり言われてしまったとのこと。結局その学生は途中でPhDをやめて帰国することにしました。

怖い話3:いじめ・人種差別

最近はあまり効かない話ですが、昔は学問の世界で人種差別は一般的でした。特に英語が苦手なアジア系学生に対する扱いは酷く、いじめに近い扱いを受ける学生も多かったようです。またこれは国籍や言語だけではなかったようです。トリニティ神学校でお世話になったヴァンフーザー先生は、ケンブリッジ大学のPhD時代は、自身の福音主義的な立場が露骨に否定されるということを度々したそうでした。元々は「神のことばとしての聖書論」を研究しようと入ったものの、指導教官との面談で全否定され、仕切り直しになり、物語論で有名なフランス人哲学者ポール・リクールの物語論と聖書理解の研究に切り替えたとのことです。(その後、結局リクール研究で学んだことを用いて、元々やりたかった内容の研究をIs There a Meaning in this Text?として出版されています)

以上の「本当にあった怖い話」からもわかるように、指導教官次第で博士課程ライフが楽しめるかどうかは大きく変わるでしょう。ドイツ語では博士課程の指導教官のことをDoktorvaterと言います。これは文字通りDoctor + Father、博士課程の父親という意味です。私たちは物理的な父親を選ぶことはできないですが、幸い博士課程の父親は選ぶことができます。でもどのように指導教官を選べは良いのでしょうか?

指導教官を選ぶ目安

1「ライジング・スター」を探す

What causes a shooting star? - Fun Kids - the UK's children's radio station

もちろん最初は誰もが超有名な「あの」先生の元で学びたい!と思うものです。〜先生の元で学びました!というとなんかかっこいい。特に日本は「弟子入り」という概念があるので、なおさら有名な人の元で学びたいという思いはあると思います。ただ、有名な人=超忙しい人でもある場合が大半です。一つ目の怖い話のように、既にかなりの知名度がある教授には以下のリスクがあります。

・そもそも学生募集をしていない
・競争率がめちゃくちゃ高い(この先生の元で学びたい!人が大勢いるため)
・連絡が取りづらい
・あまり指導してもらえない

(例えばイギリスの博士課程の場合、指導教官が取りたい学生を推薦する=ほぼ内定というプロセスです。なので学校の倍率以上に指導教官の倍率が高くなる場合があります。)

逆に今現時点では国際的な知名度はそこまでなくても、将来絶対重要な人物になるだろうという意味での「ライジング・スター」を探すことも重要です。
(これは当時まだ気鋭の神学者アリスター・マクグラスの元で学んだ、KGK主事の大先輩でもあるH先生から教えていただいたことでした)「ライジング・スター」はポピュラーレベルでの本やメディアにはほとんどまだ登場しないので、専門誌を読む必要があります。その分野特有の学術誌や学会などで最近目立った活躍をしている若手教授はいないか、という視点で見てみることも重要です。
自分の場合、この方法で現在の指導教官でもあるサムエル・トランターに出会いました。

(ハワーワスと並んでキリスト教倫理の二台巨塔とされるオリバー・オードノヴァンの神学についての初めての総合的に取り扱った専門書を名門T&Tクラークから出版。執筆した時著者がまだ20代だったと知り衝撃を受けます。)

Oliver O'Donovan's Moral Theology: Tensions and Triumphs: T&T Clark  Enquiries in Theological Ethics Samuel Tranter T&T Clark

2・指導教官の過去・現在・将来の研究内容を知る

The 50 great books on education

博士課程に入る上ではそれぞれ〜について研究したい。という漠然としたアイディアから始まることが多いと思います。そのアイディアに関連する研究を過去にしていた、現在している、もしくはこれからする可能性のある方を探すことが重要になります。どんなに良い研究内容でも、指導教官の研究と全く関連性がなければまず受け入れてもらえることは無いでしょう。逆に昔の本を読んで、この内容の研究がしたい!と思っても、実ももうその分野には興味を持ってないということもあったりします。なので指導教官を考えると時には過去・現在・未来の視点で調べることが必要です。過去の研究に関しては主に書籍。現在の研究に関しては直近の論文や学会発表。将来の研究は一番難しいのですが、最近は大学のホームページにI am interested in…とかmy next project will…などの形式で書いてあることが多いです。

どこまで指導教官の研究内容をちゃんと把握できるかはかなり重要な要素になります。ここが合否を分けるポイントとも言えるかもしれません。また、ちゃんと指導教官の研究内容を理解すると、自分と意見が真逆だったり、逆に自分が研究したいことと合わないことが明確になったりもします。

3・性格・価値観を知る

「私の元で博士課程をやりたいだって?だめだ!私は君のことなんて全く知らない!」

指導教官の性格や価値観は書籍や論文を読んでも分からないものです。素晴らしい本を書いている方でも、実際話してみてがっかりすることは、、結構あります。(笑)逆に論文ではかなり気むずかそうでも、実際とても気さくな方もいます。実際やり取りをしたり会話をしないと分からない部分が多いのですが、直接やり取りをする前でも人となりを知る方法はいくつかあります。

・動画を見る
最近はyoutubeに学会発表やインタビュー動画などが載っていることが多いです。文字だけではなく、実際話している姿を見るとだいぶイメージが変わります。
・SNSを見る
最近はソーシャルメディアで発信をしている教授が多いので、SNS(特にインスタやツイッター)を見ると色々な面が見えてきます。私はある教授について調べていた時、ツイッターで日本人についてものすごくネガティブな発言をしているのを見つけてしまい、「この人はちょっと難しそうだな」と諦めたこともありました。笑
・学生に聞く
これは一番おすすめの方法です。大学のホームページにはほとんどの場合教授が指導している学生の名前がメールアドレスと共に記載されています。指導教官に連絡するよりも学生に連絡する方がハードルはかなり低いです。指導教官の人柄、どういう価値観・立場の人なのか等、指導を受けている学生に聞いてみると色々と分かってくることがあったりします。

4・コミュニケーションスタイルを知る

Lack of Communication in the Workplace | Chanty

上と関連しているのが「コミュニケーションスタイル」です。どれくらいの頻度で学生と会ってくれるのか、どういう指導をしてくれるのか 、メールはすぐ返信くるかなど、実際の研究をする上でかなり重要な要素です。これも上と同じく指導を受けている学生に聞くのが一番良いでしょう。このコミュニケーション・スタイルが合わないと結構な苦戦を強いられることになりかねません。

またヴァンフーザー先生の話になりますが、ケンブリッジ大学の博士課程が始まり、困ったことはまず指導教官とアポの取り方が分からなかったことだったそうです(当時は携帯もメールもありません)。 そして他の学生たちに聞き回った結果、ケンブリッジ大学では(当時)指導教官宛に手紙を書き、指導教官から手紙が返ってくるのを待って初めてアポが取れることを後で知ったそうです(すごいシステム。。)。

自分個人の話として、ある学会で有名な教授と会い、話が弾んだことがありました。非常に人柄も良い先生で、学生も募集してるとのことだったので帰宅後即メールを送りました。。。1ヶ月後メールの返信が来て、「是非ズームで話そう!」しかし約束のズームの時間に先生は現れず。また1ヶ月後「会議が長引いてしまい、申し訳ない。日程を再調整しましょう。空いてる日を教えてください。」即返信。そして1ヶ月後やっと日程が決まる。この間3ヶ月半。そして決まったズームも先生の予定で流れてしまいました。笑 学者としても人としても非常に優れた方だったのですが、指導教官としてこのコミュニケーションはちょっと微妙かも。。。と思ってしまった出来事でした。

自分の具体例(ダラム大学に至るまでのぶっちゃけ話)

University College - Durham University

ここは完全に自分がどうやって指導教官を決めるに至ったかという話です。ぶっちゃけた内容なので、個人が特定されないようにアルファベットにしています。
こういう情報はほとんどネットに載ってないと思うので、少しでも参考になれば幸いです。

1・先行研究(書籍)を読み漁る(2021年年末から)

自分が興味があったテーマが「和解」「赦し」「悔い改め・謝罪」だったので、関連する本をとにかく読み漁りました。(目安は15ー20冊くらいでしょうか)その分野でどういう議論がされているのか、全体像を掴むためです。その中で興味を持った学者が3人。V、J、B、E教授でした。

2・学会誌を読み漁る(2022年年始ごろから)

学会誌は書籍と違って最新の議論を見ることが出来ます。若手も大勢います。そこで新たに存在を知ったのがL教授、T教授、C教授、S教授でした。

3・学会に行ってみる(2022年春)

実際の人となりを知るために幾つかの学会に出席してみました。そこで幾つかの教授に出逢います。EとT教授、非常に好感触。すぐメールを送る。L教授、ちょっと微妙な反応。

ちなみに、自分の失敗例のNO1が、憧れの先生に会うために出席した学会で、心を落ち着かせるためにトイレに行ったところ、トイレでまさかの遭遇してしまい、テンパって手を洗ったビショビショの手で握手をしてしまう。でした。第一印象最悪でした。笑 必ずトイレは先に済ませておきましょう。

4・メールのやり取り(2022年春ー夏)
大陸が違ったこともあり、学会では出会えない教授もいたため、メール作戦に出ます。興味を持った教授約10人ほどにメールを送ります。(学会で会った人はお礼含め)正直既読スルーで返ってこないメールもあります。ちょっと凹みます。笑 J先生は現在学生を取っていないことが判明。T先生は引退することが判明、代わりに息子さんのA先生を紹介してもらう。B教授からはそっけないメールが一文。その後返信なし。(実はその後お互いに誤解があった事に気づき和解)

5・メールのやり取り2(2022年夏頃)
・メールが返ってくる
・学生募集している
・ざっくりした研究内容に興味を持ってもらえる
>この条件がクリアできたら、所謂「プロポーザル」を送ります。どういう研究をしたいか、研究内容と方法論を記した研究計画書です。
それを見てもらって、行けそうかどうか判断をしてもらいます。

その結果・・・
F先生(アメリカ):うちの大学は合うと思う。応募してみて
V先生(アメリカ):面白い内容だが、うちの大学は恐らく合わない。イギリスが良いのでは?
A先生:興味深い。アプライしてみて。
S先生:サバティカル中で返信が3ヶ月後になるとの連絡
C先生:長文で具体的なアドバイスと、プロポーザルに関する提案。非常に丁寧。

>>正直C先生がダントツ感触ありでした。人柄的にも人の良さが伝わってきて感激します。もうこの先生で良いじゃん!と思ったのでした。

6・アプリケーション(2022年秋ー冬)
大体どこの学校も秋頃から翌年9月開始の博士課程のアプリケーションが始まります。(約一年前)ここでF先生(アメリカ)、A先生(イギリス)、C先生(イギリス)の三つに絞ってアプリケーションを作成。するとサバティカルが明けたS先生から連絡あり。非常に興味あるとのことで急に話が進み始める。C先生同様に丁寧にプロポーザルを見ていただく。急展開。

7・結果・奨学金(2023年年始ー春)
どきどきの結果発表。唯一アメリカの大学だったF先生の大学から最終面接の案内あり。コロナの影響もありズームで面接。そこで倍率二分の一まで行ったのに落選。(色々反省あり笑)

方やイギリスのプログラムはC先生から最初に合格の連絡(奨学金なし)。その後S先生から合格の連絡。遅れてA先生の大学から合格と学費免除の連絡あり(しかし本人からは連絡なし)その後最後(3月ごろ)にS先生から学費免除+研究費支給の連絡あり。

結局合格した3つの学校の中で、奨学金全額支給をいただけたのが2校。一番面倒見の良かったC先生の学校は奨学金全額支給がそもそも無いとのこと。その後のやり取りの中でS先生が宣教師の息子で東アジアで育ち、フランスのIFES(日本でいうKGK)スタッフの博士論文を指導していることなどを知り、意気投合。総合的判断で、S先生改め、ダラム大学のサムエル・トランターの元で学ぶことを決める。(トランター先生は教授ではないため厳密にはもう一人正式な指導教官をつける必要があり、トランター先生の恩師であるロバート・ソン教授と二人で見ていただくことに)

・・というわけで1年前に本や論文を読み漁っていた時考えていた指導教官リストとは全く異なる結果になります。笑 就職活動のような1年間で、かなりストレスも多い作業でしたが、最終的に素晴らし指導教官に出会えたこと、感謝でした。

次回は誰も教えてくれない具体的な博士課程受験の準備のコツについて書こうと思います。

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