LGBTと聖書の福音:正しい文脈理解のために

LGBTと聖書の福音 

訳書 LGBTと聖書の福音 (原題:Love is an Orientation)が5月5日にいのちのことば社から発売されます。賛否両論を招きやすいテーマですし、誤解を招きやすいテーマでもあります。同時に今の時代、日本の教会にとっても避けて通れない課題になってきているのではないでしょうか。今後本書に対する補足、個人的見解、また日本語には訳されていない様々な資料(学生伝道や教会学校における対応についての資料)などを少しづつブログで紹介していければと思っています。

まず最初に、本書の最後に記載させていただいた「正しい文脈理解のために」と言う文章をブログ上で公開させていただきます。

正しい文脈理解のために

聖書を正しく解釈し、適用するためには当時の文脈や言語を理解することが重要です。同様に、本書を理解し、日本の教会の文脈に適用するためには、LGBTにまつわる言語、またアメリカという文脈を知ることが重要になります。用語と文脈を知ることが、状況の異なる日本の教会と本書の橋渡しとなることを願います。そのために通常であれば訳者後書きに書くべき内容を冒頭に置かせていただきました。

本書の目的

最初に重要な点は、本書は同性愛にまつわる聖書解釈を解決するための聖書神学の本でも、教理を体系的に記した組織神学の本でもないということです。むしろ著者のマーリン氏はあえて聖書解釈の議論を避けています。それはこの本の執筆目的が聖書解釈を論じることではなく、「どうすればLGBTコミュニティに福音を伝えられるのか」という宣教的視点に立っているからです。そのため読み進めていく中で、聖書解釈における物足りなさや見解の相違を感じることがあると思います。[1]特に4章では保守的な解釈を読者が知っている前提としてLGBTコミュニティの聖書解釈が紹介されます。[2](保守的な聖書的立場についてアメリカでは当たり前に一般的に知られているのですが、日本語で読める文献はほとんど無いのが現状です。ネット上で読めるものとしては水谷先生のブログをご紹介しておきたいと思います。http://kiyoshimizutani.com/guideline)マーリン氏の見解ではないものの保守的な立場からは違和感を覚えるでしょう。しかし、この本は聖書解釈の教科書としてではなく、保守的な教会で育った著者が、LGBTコミュニティに福音を伝えるために奮闘した証であり、宣教のケーススタディとして読むべきでしょう。それは異教の地に住み、その国の文化と言語を学び、その国の人々と福音の橋渡しを試みた宣教師の宣教報告に例えることが出来ます。宣教報告との違いは、LGBTコミュニティは遠くの世界に存在する人々ではなく、私たちの身の周りに実際に存在している隣人であるという点です。その点において本書はただの宣教報告としてではなく、読者自身がLGBTコミュニティを宣教地として捉え、新しく宣教の一歩を踏み出すようにとチャレンジを与えます。

本書の用語

本書の中で登場する用語の中で、まず重要となるのが一般的に用いられている人間の性の四つの概念です。最初の概念として、身体的性(sex)があります。それは、人間の身体的特徴による性のことを指します。二つ目に性自認(gender identity)の概念です。これは身体的性に関わらず、自分自身の性別をどう認識しているかということです。三つ目に性表現(gender expression)という概念があります。これは自分がどの性として振る舞うかということを意味します。最後は性的指向性(sexual orientation)という概念です。[3]これは性的に惹かれる対象を意味します。これらの4つの性の概念の組み合わせによって、個人のセクシュアリティの定義が決まります。

 まず身体的性と性自認が一致しており、性的指向性がそれとは逆の性である場合はヘテロセクシャル(またはストレート)と呼ばれます。これは同性愛(homosexuality)の対義語です。ヘテロセクシャル以外の分類では主にLGBTが用いられます。それぞれ、L(レズビアン:女性同性愛者)、G(ゲイ:男性同性愛者)、B(バイセクシュアル:両性愛者)、T(トランスジェンダー:性別越境者)の略です。トランスジェンダーは身体的性と性自認が一致していない場合を意味します。(混合されがちですが、トランスジェンダー=同性愛ではありません)注意が必要なのは上記における「同性愛・異性愛」の分類は身体的性ではなく、性自認と性的指向性によって決まるという点です。例えば身体的性は男性でも性自認が女性の場合、その人が女性に惹かれる場合はレズビアンということになります。さらに、近年はQ(クエスショニング:結論を出していない)やA(アセクシャル:好きになる性を持たない)などの様々なセクシュアリティ加えてLGBTQ+またはSOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)と呼ばれています。以上のように「同性愛」という一言では表せないほど性概念は多岐にわたっていることが分かります。私たちが「同性愛」について語るとき、それは何を指しているのか(例:同性に惹かれる志向性なのか、行為を指すのか等)を明確にする必要があります。

アメリカ福音派という文脈

本書は「アメリカの福音派」という文脈の中で書かれています。LGBTを巡りアメリカ社会は大きく分裂しています。―多数派だった教会が、社会的弱者であるLGBTコミュニティを長らく抑圧してきた。そして今LGBTコミュニティは不当な抑圧に対して立ちがったー[4]このようにメディアではLGBTコミュニティと教会の対立構造を公民権運動の再来かのように描いています。また教会内でも、所謂主流派教会と福音派教会の二極化はますます広がっています[5]が、その最大の課題はLGBTにまつわる教会の対応です。著名な牧師であり著者であるユージン・ピーターソン氏が同性婚に関して同情的なコメントをしたとたん、彼がリベラルになったというニュースが全米を駆け巡ったことは二極化を示す良い例でしょう。[6]それは単に神学の問題としてではなく、アメリカの若者達にとってリアルな課題です。「同性婚に反対か賛成か」というような議論は、中高生や大学生の間で日常的に行われ、その返答によってレッテルが貼られていきます。保守的な教会は伝統的な聖書観を重んじ、同性婚に関して明確に反対の立場を取っています。一方で、「同性愛者は処刑されるべき」というメッセージを語る牧師の姿[7]や、カミングアウトしたことで家族から勘当され自死に至った高校生の証などが報道され[8]、福音派は悲寛容な差別主義者であるというイメージが社会全般に広がっています。LGBTはもはや人権問題として認識されているのです。

このような激しい怒りの応酬とも言えるような二極化したアメリカの状況の中、2009年にこの本は執筆されました。保守的な福音派出身のマーリン氏は、マーリン財団を設立し、LGBTのコミュニティに福音を伝える働きを続け、福音派教会とLGBTコミュニティとの架け橋となるべくアメリカ中で講演をし注目を浴びました。本書はIntervarsity Pressから出版され、Zondervan社からはDVDが発売されました。どちらも保守的なキリスト教出版局として知られています。当時、保守的な立場からLGBTコミュニティへの橋渡しを試みた書籍は非常に珍しく、本書は年間ベストセラーとなり、賞を多数受賞しました。また2009年のアーバナ学生宣教大会では同テーマで分科会を担当されています。そしてマーリン氏はFAITH紙により「今後25年間で最も影響力のあるクリスチャン」のうちの一人に選出されました。

それだけ大きな反響があった本書ですが、同時に様々な批判を受けた本でもあります。マーリン氏は対話の前進のためにあえて明言を避ける方法を取っており[9]、主流派の同性愛容認派からはマーリン氏が羊の皮をかぶった差別主義者であると批判され[10]、福音派からは聖書解釈においてリベラルであると批判されました。[11]橋は双方から踏まれると本人が本書の中で述べている通りの評価を彼自身が受けました。マーリン氏に直接連絡を取らせて頂いた際には「当時はプロゲイの立場に立つか、一切同性愛者をキリスト教から排除するか両極端の選択肢しかありませんでした。私はそのどちらにも立ちたくなかったのですが、その立場は当時許されないものでした。」と回想されていました。しかし、彼の働きが福音派教会とLGBTコミュニティの対話に向けて一石を投じたことは評価されるべきでしょう。[12]何より、彼の働きを通して信仰に導かれたLGBTコミュニティの人々が大勢いることは忘れてはならない点です。

現代の状況

本書が執筆されてから12年の間でLGBTを巡るアメリカの状況はさらに変化しています。本書にも登場する同性愛の矯正を推奨することで有名だったアメリカ最大のEx-Gay団体[13]Exodus Internationalの代表が、2012年に同団体の掲げる「変化は可能である」というスローガンは間違っていたと謝罪し、翌年2013年に団体が解散するという出来事が大きな衝撃と共に報道されました。[14]また、教会の二極化はさらに進んでいます。主流派の教会は同性婚を認める方向に進んでいます。アメリカ長老派教団(PCUSA)では2014年に同性婚が認められ、同性婚を公に容認した世界最大の教団の一つとなりました。[15]直近では合同メソジスト教団が同性婚をめぐり二つの教団に分裂をするという可能性が高まっています。[16]一方福音派の教会では同性婚を容認する社会的な流れに対し、2017年にナッシュビル宣言を採決。[17]学生宣教の現場ではアメリカの学生宣教団体Intervarsity[18]が、2016年に職員に対し同性婚に関するアンケートを行い、団体の見解に反する職員に自主退職を勧める処置が行われ、メディアで大きく取り上げられました。[19]

また近年LGBTコミュニティとの橋渡しを試みる書籍は福音派の出版社から次々に出版されています。自身の男性への性的志向で葛藤した経験を持つ英国国教会司祭のサム・オルベリー氏が記した「Is God Anti Gay?(神はゲイが嫌いなのか)」や、麻薬の売人として獄中でHIV宣告をされたことをきっかけに改心し、現在ムーディ聖書学校で新約聖書を教えているクリストファー・ユアン氏による「Giving voice to the voiceless(声無き者達の声)」などです。また、ホイートン大学心理学教授マーク・ヤーハウス氏による「Understanding Sexual Identity: Resource for Youth Ministry(セクシュアルアイデンティティを理解する:青年宣教のための資料)」などが福音派の神学校教育で用いられるようになってきています。[20]マーリン氏自身も、本書で記されているLGBTコミュニティと信仰に関する調査を完成させ、「Us Versus Us」を2014年に出版しています。[21] 実はその後マーリン財団は解散し、彼個人はその後学びを深めるために英国のセント・アンドリュース大学で神学博士号を取得しています。マーリン氏本人に問い合わせたところ、マーリン財団を閉じたのは資金面や理念上の理由ではなく、橋渡しと和解の働きをLGBTという文脈だけでなく、より広い文脈で実践する召しを受け取ったからということでした。現在マーリン氏はISISに占領されていた地域などで政府やNGOと協力しながら和解と橋渡しの働きに従事されているとのことです。

新しい対話と宣教のきっかけとして

現状日本語で読める同性愛とキリスト教に関しての書籍はほとんどがプロ・ゲイ神学の視点で記されたものです。[22]このテーマに関しては、福音的な教会の中では未だにタブー視され、教会の中で語られることが少ないのが現状です。しかし、私自身学生宣教の現場で実感したのが、学生にとってLGBTの問題は日に日にリアルな問題となっているということです。あるキャンプで講師の先生へのQ&Aを募集した際には、LBGT関連の質問が一番多かったことが学生の現状を物語っています。福音的な、聖書的な立場に立ちつつ、真摯にLGBTコミュニティについて学び、LGBTコミュニティを宣教地として、愛し仕えるべき隣人として捉えること、そのために教会として様々な面で備えていくことが必要だと痛感しています。

日本の福音派教会の現状には課題と同時に希望もあります。教会がLGBTコミュニティの敵として社会的な対立構造に陥ってしまっているアメリカとは異なり、日本にはまだこの対立構造は明確には存在していません。日本の場合教会自体が社会的なマイノリティです。それゆえに欧米社会とは異なる、対立的ではない宣教的なアプローチを模索する道は開かれているのではないかと思います。本書はあくまで対話の糸口にすぎません。LGBTコミュニティに伝道した後の教会でのフォロー、傷ついたLGBT当事者達へのアプローチ、学生伝道における取り扱い方、聖書解釈の問いなど様々な課題が山積みです。今後、この分野でより多くの書籍が翻訳され、また日本の文脈で新たな書籍が執筆され、福音派の教会内で学びがさらに広がっていくことを期待します。本書がLGBTコミュニティと福音派教会の橋渡しのきっかけとなり、一人でも多くの人にイエス・キリストの福音が伝わるようにと願います。


[1] 本書の見解や聖書解釈は私個人、私の教会、団体のものではないということをお断り致します。

[2] 保守的な立場での聖書解釈を知りたい場合、日本語で読めるものとしては「キリスト教は同性愛を受け入れられるのか」の中のリチャード・ヘイズ氏の論文を参照。

[3] ちなみに本書の原題はLove is an orientationです。愛こそがクリスチャンの志向性であるべきという著者のメッセージが表れています。

[4]教会のLGBTコミュニティに対する態度に関しては様々な見解があり単純化は出来ません。しかし、教会によって弾圧され傷を受けた経験を告白するLGBTコミュニティの人々が多いことは事実です。

[5] フィリップ・ヤンシー氏のように聖書観としては福音派でも政治的にはリベラルという立場をとる福音派左派とも呼ばれる人々も存在しますが、メディアで取り上げられることは少ないのが現状です。

[6] 直後にピーターソン氏は彼自身は伝統的な立場に立っていることを補足しています。
https://www.washingtonpost.com/news/acts-of-faith/wp/2017/07/13/popular-author-eugene-peterson-heres-what-i-actually-think-about-gay-marriage/

[7] BBC作成のドキュメンタリーの一部よりwww.youtube.com/watch?v=uPRTMscoy-c

[8] https://sojo.net/articles/christian-exorcism-leads-gay-teens-suicide

[9] 明言はしていないものの、同性愛的行為を伴うライフスタイルを推奨しているわけではないことは読み取れます。

[10] 著名なLGBT運動家でIt Gets Better Projectで有名なDan Savageはニューヨークタイムズの記事の中でマーリン財団のことを隠れた同性愛嫌悪者達と非難。

www.nytimes.com/2013/04/14/books/review/does-jesus-really-love-me-by-jeff-chu.html

[11] Robert Gagnon氏によるマーリン氏の聖書解釈に反論する論文が有名です。www.robgagnon.net/articles/homosexMarinLoveIsOrientation.pdf

[12] 例えば新約学者のスコット・マクナイト氏は見解の相違が一部あることを認めつつ、彼の貢献を評価しています。

www.patheos.com/blogs/jesuscreed/2016/04/01/us-vs-us-andrew-marins-newest-study-on-lgbt/

[13] ホモセクシュアルからヘテロセクシャルになることをサポートする超教派団体

[14] www.cnn.com/2013/06/20/us/exodus-international-shutdown/index.html

元Exodusのメンバーを中心にRestored Hope Networkとして活動は継続しています。

[15] www.pcusa.org/news/2015/3/17/presbyterian-church-us-approves-marriage-amendment/

[16] www.washingtonpost.com/outlook/2020/01/16/why-split-methodist-church-should-set-off-alarm-bells-americans/

[17] https://cbmw.org/nashville-statement

[18] 日本のKGKと同じIFES(国際福音主義学生連盟)に所属

[19] time.com/4521944/intervarsity-fellowship-gay-marriage/

[20] 例えばトリニティ神学校のカウンセリングの「Gender Issues」の授業では教科書の一つとして用いられています。

[21]多くのLGBTコミュニティの人々が元々はキリスト教背景に育ち、そのコミュニティから拒絶された経験を持っていること、さらにその中でも多くの人は信仰に戻りたいと願っていることが膨大な調査結果を元にまとめられています。

[22] ボブ・デイビーズ、ローリー・レンツェル共著の「男か女か~同性愛のカウンセリングに」は恐らく唯一の保守的な立場から記された単行本です。サイカー氏編「キリスト教は同性愛を受け入れられるか」の中ではリチャード・ヘイズ氏や、スタントン・ジョーンズ氏など保守的な見解からの論文も紹介されています。

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