ダラム大学の博士課程に進学してから多くの友人から問い合わせがありました。その多くが海外の博士課程に関する相談でした。「どうすれば海外の博士課程に進めるのか」「お金はいくらかかるのか」「そもそもどこから始めたら良いのか」 などなど。確かに、海外でのPhDの取り方に関して日本語で読める情報はほとんどありません。例外としてこのような記事はあります。ましてや神学の分野では皆無です。(英語の記事としてはこちらがおすすめ。)私自身、分からないことだらけで、出願の時点で相当テンパりました。今後海外で人文系、特に神学(聖書学、組織神学、歴史神学など)の分野で博士課程を目指そうという方の参考になればと思い、記録を残しておこうと思います。
そもそも博士課程とは?
博士(PhD)と修士(Master)は全く性質が異なります。アメリカでは所謂「神学校」というものは修士課程(Master of Divinity)に該当します。様々なクラスを履修し、最終的に卒業論文を提出します。その卒業論文は多くの場合成績としては一つのクラス分程度の単位数です。卒論がない場合もあります。しかし博士課程においては卒業論文である博士論文が命、それが全てと言っても過言ではありません。 しかも専門性を身に付けることを目的とした修士課程と違い、博士課程の目的は特定の分野に対して「学問的な貢献」をすることです。修士課程では色々と先行研究を調べたり、注解書を比較したり、既存の文献をまとめ、理解する力が求められます。神学校ではもちろん説教演習などでは牧会における実践面が評価されるでしょう。しかし博士課程において評価されるのは「新しい貢献」の1点です。どんなにギリシャ語文法に精通し聖書を辞書なしで原文で読めるようになったとしても博士課程では評価されません。なぜなら博士課程では「新しい価値の創造」が求められるからです。なので博士課程を修士の延長、またはMasterの上位レベルのように考えてしまうと痛い目に遭います。全く別物だからです。
とはいえ「新しい価値」を作るとか、「学問的な貢献をする」なんて聞くと途方もないことのように感じます。何千年ものキリスト教の歴史の中で誰も言ってないことを言うなんてことが自分にできるだろうか?と。でも大丈夫です。できるんです。その方法についてはまた次回述べようと思います。今回はまず、博士課程は修士とは全然性質が違うと言うことを強調しておきたいと思います。
アメリカ型?欧州型?人文系博士課程の仕組みの違い
意外と知らない人が多いのですが、博士課程はざっくり分けるとアメリカ型と欧州型の二種類があります(呼び方が適切かはわからないですが)。アメリカのPhDと欧州のPhDでは取得にかかる年数も、その内容も全く異なります。他の国のPhDプログラムはどの大学を受けるか、またなぜ博士に進むかと言うのを考える段階から、その違いを把握しておくことは重要です。
欧州型(取得年数3−4年)
ヨーロッパのPhDプログラムは大体至ってシンプルです。博士論文を期限内に書く。それだけです。授業も試験も(博士論文に関する口頭試問などを除いて)ほとんど無いところが大半です。学生は指導教官と月1−2回程度面談をしながら、期限内に博士論文を執筆することを目指します。博士論文が全てなので、欧州型の場合、PhDに入る時点でかなり具体的な研究計画が求められます。「ローマ書」とか「終末論」が学びたいと言うようなざっくりした内容ではまず受け入れてもらえないでしょう。また、語学もある程度自分でやってきた前提なので、基本的な研究言語(ドイツ語、フランス語、ラテン語。神学の場合はギリシャ語、ヘブル語も)の取得は自分でする必要があります。
アメリカ型(取得年数5−6年)
アメリカのPhDプログラムは欧米で大きく異なり、二つのフェーズに分かれています。第一段階がコースワーク。2−3年かけて、博士論文に関連する分野の知識を幅広く学びます。また、研究言語や研究メソッドなどに関する授業も大学側が提供してくれます。2−3年のコースワークを得て、総合試験を受けます。総合試験では研究言語や、該当分野の幅広い知識をテストされます。総合試験に合格して初めて第二段階の博士論文執筆フェーズに入ります。そこからは欧州型とほぼ同じで、クラスはなく、指導教官と博士論文執筆を進めることになります。アメリカ型はコースワークが必須であることから欧州型の倍近く習得に時間がかかります。その反面研究言語などの基礎の部分の学びを大学側が提供してくれること、また総合的な知識を得ることができることから、将来大学や神学校で「教える」と言うことを念頭においている場合はアメリカ型の方が合っているとよく言われます。実際教員採用の現場では専門分野のみを突き詰める欧州型よりもアメリカ型のPhDが優遇されると聞いたことがあります。また、実際の論文執筆まで時間があるため、アメリカ型の場合、欧州型と比較して、そこまで具体的に詰めた研究計画を用意しておく必要はありません。
参考程度に、以下はトリニティ神学校のPhDプログラムのコースワークの例です。全部PhD生徒の必須科目がいくつかある以外は大半が選択科目です。博士論文に関連するテーマのクラスを規定単位数最初の2−3年で履修する必要があります。(どこのアメリカの学校も基本的には同じ構造だと思います)
PhDプログラムの選び方(どこを受けるか)
博士課程と言ってもまずどこを受けるかと言う問題があります。特に神学の分野においては神学の博士課程を授与する機関は多くないので切実な問題です。どこを受けるのか、さまざまな要素がありますが、一番重要なのは以下の三つです。(個人的主観)
2.コスト
3.指導教官(最重要)
①大学の認知度
一番物議を醸しそうなところから始めます。笑 博士課程は学問の世界。そこはどうしても競争社会、学力社会です。それが決して良いものだとは思いませんが、そのような現実は存在しています。なのでここは正直にぶっちゃけて書かせていただきますm(_ _)m
どこが「良い大学か」という基準は当然人によって様々で、評価軸も様々だと思います。ただ、大学には客観的に数値化された明確なランク付けが存在します。特に海外の博士課程においては大学の格や認知度はシビアです。もちろんランキングで分かることはたかが知れています。それでも、例えばある程度の研究水準、インパクト、卒業後の進路、また研究設備(図書館など)の充実度など、博士課程で学ぶ上では重要な要素が数値化されているものではあります。なので一つの指標にはなります。また、正直な話、日本の就活と同じで、いわゆる「偏差値の高い大学」(偏差値という概念は無いのですが)が優遇されるという現実はあります。とは言っても大学自体のランキングと特定の科目の評価は別物だったりします。例えば、以下の「神学・宗教学」の分野における世界ランキングを見れば分かるように、大学自体の総合ランキングと該当分野(神学)での認知度は必ずしも一致していません。(例えば総合ランクでは304位のノートルダム・大学が、神学の分野では一位になっています。)
QS神学ランキング 2023年
(科目・総合それぞれ現時点で最新のものです。科目別は23年、総合は24年版)
順位 | 大学名 | 総合ランク |
1 | ノートルダム大学 | 304 |
2 | オックスフォード大学 | 3 |
3 | ハーバード大学 | 4 |
4 | ケンブリッジ大学 | 2 |
5 | ルーヴェン・カトリック大学 | 61 |
6 | ダラム大学 | 78 |
7 | イェール大学 | 16 |
8 | テュービンゲン大学 | 213 |
9 | デューク大学 | 57 |
10 | ボストンカレッジ | 631 |
11 | エルサレム・ヘブライ大学 | 251 |
12 | プリンストン大学 | 17 |
13 | シカゴ大学 | 11 |
14 | セント・アンドリュース大学 | 95 |
15 | エモリー大学 | 166 |
16 | エジンバラ大学 | 22 |
17 | カリフォルニア大学バークレー校 | 10 |
18 | トロント大学 | 21 |
19 | 国際イスラム大学マレーシア | 711 |
20 | ハイデルベルク大学 | 87 |
ちなみにこの分野別ランキングは毎年コロコロ変わりますし、ランク=難易度でもありません(のちに述べるように奨学金の関係から)。また、なぜTOP20に入っていないのか謎なほど神学の分野で有名な大学も多々あります。(アバディーン大学、アムステルダム自由大学、マンチェスター大学、ベイラー大学、キングスカレッジロンドン、マギル大学など)
福音派の学校は???
いわゆる「福音派」の神学校の博士課程プログラムはどうなのでしょうか。残念ながら福音派の神学校がこのようなランキングにランクインすることはありません。様々な理由が考えられますが、だからと言ってレベルが低いと言うことは全くありません。私自身トリニティ神学校で博士課程の学生達と接していて、特に組織神学と新約の学生達のレベルは世界トップレベルだと感じました(ダラムに行った今だからこそ思います)。福音派の神学校はアカデミックな世界での知名度や名声こそなかれ、学ぶ環境としては非常に優れています。特に、アカデミックな世界で起こりがちな学問と信仰との乖離が起きにくい環境です。将来一般大学等で教えることを考えている場合はお勧めできませんが、神学校や教会で教える場合はむしろ全然ありだと思います。
福音派の神学校で博士課程のプログラムがある学校は実は多くありません。ホウィートン、トリニティ、フラー、リージェント、南部バプテスト神学校、カルバン大学、アズベリー神学校、ウェストミンスター神学校など比較的大きな学校が博士課程のプログラムを提供しています。(例えばゴードンコンウェルやムーディ神学校にはありません)日本では東京基督教大学(TCU)が博士課程を近年設立しました。日本の福音派の神学校で唯一博士課程を授与している学校です。
2コスト面
博士課程の最大の難関はコストです。例えばケンブリッジ大学の学費は日本円にすると・・・
一体誰がそんな大金払えるんやー!と、怒りが込み上げてくるような金額です。だからこそPhDを考える上ではファンディング・奨学金の概念が超重要になります。PhDプログラムの学費が無料になる方法は意外と沢山あります。
ファンディングがもらえれば学費は無料になります。また学校によっては学費+@で生活費の支給もstipendという形でもらえます。また全額ではなくても半額、または3割負担してくれる奨学金が出る場合もあります。逆に全額自分で負担するということの方がむしろ稀です。また、大学によっては博士課程合格することとファンディングが結びついている場合があります。
アメリカ総合大学のPhDプログラム=学費無料
例えば、ノートルダム、ハーバード、イェール、プリンストン、デューク、シカゴ、エモリーなどのアメリカの総合大学の神学部、もしくは宗教学部は基本的に合格=フルファンド=学費無料です。さらに学費全額支給だけでなく月1000ー2000ドル近くの生活費が支給されます。アメリカの大学の博士課程は全額支給が前提のため、めちゃくちゃ倍率が高いです。例えばデューク大学では神学部全体で年に3−4人しか採用しません。ほとんどの場合各分野(新約、旧約、組織神学などの分野)採用されるのは一人です。毎年数百人が応募することから倍率は100倍以上と言われています。
英国PhDプログラム=一部学生全額支給
逆にイギリスの場合、フルスカラーシップが与えられるのは一部の学生のみです。だからこそアメリカの大学に比べると倍率はそこまで高くありません。恐らくアメリカの倍の人数(8ー10人程度)は採用していると思います。その中でフルスカラーシップがもらえるのは2−3人程度です。なので実はオックスフォードやケンブリッジの方がデュークやプリンストンなどと比べても倍率自体はかなり低いです。ただ合格しても学費が保障されるわけではないという点がかなりの難関になります。そして、残念ながらイギリスの大学は、そのようにお金持ちの留学生から学費をもらうことで成り立っている側面もあります。(留学生の学費は現地学生の倍以上ですからね。。。ヤクザな商売です。)どうすればイギリスのPhDのシステムの中でファンディングがもらえるのか、ということは次回以降に書こうと思います。
ドイツPhDプログラム=ほぼ無料
ドイツのPhDプログラムは公立大学であれば学費は基本的に無料です。留学生も例外ではありません。学費がかかる場合でも、例えばTubingenでは一学期1500ユーロと破格です。ドイツのPhDプログラムはドイツ語さえ出来れば理想的な環境かも知れません。私はドイツ語全くできなかったので断念しました。(ドイツの博士課程に関しては実際に経験していないのであまり書くことが出来ずすいません)
福音派系神学校=ほぼ自腹(一部例外あり)
最後に所謂福音派の神学校の博士課程の場合、残念ながらイギリス以上にファンディングは少ないのが現状です。ほとんどの学生が学費を払っています。もちろん様々な奨学金が用意されている場合がほとんどなので、全額支払う人は少ないでしょう。それでもかなりの経済的な普段であることは間違いありません。例外としてホウィートンは100%ファンディングがもらえるため、福音派の神学校の中ではダントツで倍率が高いです。他にも学校によってはファンディングが高確率でもらえる所もあるようです。(例ピューリタン改革派神学校もフルでファンディングがもらえるとの情報あり。)
次回以降はPhDをやる上で最も大切(僕の意見ですが)な「指導教官」について、また合格&ファンディングをもらうためには何をする必要があるかについて書こうと思います。
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