大統領選挙:メディアが報じないクリスチャンの論点

福音派の多様性

いよいよ大統領選挙前日。アメリカでは日々緊張感が高まっています。以前日本のメディアは「福音派」のことを、トランプを影で操っている熱烈な支持層かのように描いていましたが、現実はもっと複雑です。以下のPew Researchの統計からも所謂ホワイト・エヴァンジェリカル(白人福音派)の層の中では確かに72%がトランプを支持していることが分かります。(今年4月の78%から若干減少してはいますが)そして福音派以外の白人プロテスタント層ではトランプ支持とバイデン支持が拮抗していることがわかります。しかしこの統計で不思議と抜けている情報があります。それが「白人層以外の福音派」です。White Evangelicalという項目はあっても、Non-white Evangelicalという項目はないのです。これは奇妙な統計です。なぜならアメリカの福音派人口の約3分の1は黒人、ヒスパニック、アジア人を含む有色人種だと言われているからです。(福音派の人種構成の調査はこちら)「福音派」と呼ばれるグループの約3分の一が白人層以外なのにメディアが報じるのは福音派=White Evangelicalという姿です。さらに当初の統計結果を見るとトランプを支持しているのは白人福音派の中の72%ですから、白人以外を含めた福音派全体の中の割合で「トランプを支持している白人福音派層」を考えると福音派全体の約50%(2/3の72%)ということになります。もちろん白人以外の福音派が全員バイデンを支持しているわけではありません。ですが少なくとも「福音派」=White Evangelical(白人福音派)=トランプ支持者という絵は、統計的に見てもメディアの誇張だと言うことが分かるでしょう。

では、「福音派」の中では選挙の中でどのような議論がなされているのでしょうか。陰謀論、個人的なスキャンダル、信仰深さ、人格など様々な情報がSNSやYoutubeを賑わせています。例えば大統領の品性に関しては、全米最大の教団である南部バプテスト教団の南部バプテスト神学校校長アルバート・モーラーが公にトランプの人格は「福音派にとって堪え難い」(モラーによるワシントンポストの記事)と発言し(今年に入り政策面から消極的にトランプ支持を表明)、また著名な説教者であるジョン・パイパーは大統領の人格は政策以上に重要であり、トランプの不道徳に多くのクリスチャンが目をつぶっているのはとんでもないことであると発信しています。(パイパーのブログ記事)選挙直前にはバイデン氏側のスキャンダルなどが浮上するなど、支持者によって双方の人格を疑うような投稿が連日SNSを賑わせています。しかし多くのクリスチャンにとって重要なのは候補者の性格やスキャンダル以上に、やはり政策でしょう。また、アメリカ大統領は最高裁判所の判事を任命する権利があります。同性婚や中絶を巡る裁判の最終決定権を持つ最高裁の判事を任命出来ることは大統領選の大きなポイントです。(日経新聞:最高裁判事の重要性について

政策面でのクリスチャンの論点

具体的に共和党・民主党ともにどのような政策を打ち出しているのか、各党が公式に出している党綱領(platform)からクリスチャンにとって重要となっている論点をいくつかピックアップして対照表を作ってみました。( )内のページ数は党綱領のページ数です。党綱領はこちらでそれぞれダウンロード可能です。(民主党)(共和党
(私の要約・翻訳が不十分な点もあるでしょうし、詳しく知りたい場合は実際のページを確認されることをお勧めします。)そして最後の列にはクリスチャンの反応を「ざっくり」記しています。統計をとったりしたわけではないので完全に印象論です(笑)。ですがトリニティは福音派の神学校の中では比較的共和党支持者と民主党支持者が共存している珍しい神学校です。(民主党支持者の方が多い印象ですが)日本人の部外者として教授や学生と普段会話している中でざっくりと理解した考えを記載しています。

以下のトピックは包括的なものでも、完全なものでもありません。しかし順序はある程度意図的です。「中絶」〜「イスラエル」まではトランプを支持するクリスチャンが重要視する項目。「教育」〜「経済方針」はバイデンを支持するクリスチャンが重視するポイントです。(これもざーっくりした傾向ですが)特に「中絶」はプロ・ライフの立場の福音派にとっては一番の争点になっています。(その他全ての政策に反対していてもこの点からトランプを支持すると言っている人に何人も出会いました)

それぞれの政党を支持するクリスチャンの声

ざっくりトランプを支持する福音派クリスチャンとバイデンを支持する福音派クリスチャンとの会話を再現してみるとこんな具合になります。(あくまでイメージです)

トランプ支持
確かにトランプは人格的にはとてもクリスチャンらしいとは思えない。けどやっぱり同性婚を認める方向に進む民主党は認められないよ。何より国家予算で中絶を支援するのはクリスチャンとして認めてはいけない。年間90万もの赤ちゃんが中絶によって殺されている。これは殺人であり明らかに聖書に反している。人種差別には断固反対だけどテロや犯罪を押さえつけるために治安は強化するべきだよ。聖書も剣の権威を認めている。イスラム原理主義者の脅威から国家を守るためには壁の建設と厳しい取り調べは必要だよ。旧約聖書もイスラエルを外部の脅威から守ることを勧めてる。教育や医療は個人が選べるべきで、それを統一しようとするのは共産主義じゃないかな?
バイデン支持
トランプの人格や性的な不道徳は国家の指導者として失格。そして彼の経済に対する考え方は個人主義で、幸福の神学に通じるものがある。トランプが象徴する物質主義は偶像で聖書的なものではない。確かに治安は重要だけど、壁を建設したり、非合法移民の家族をバラバラにして子供たちを檻の中に入れるような政策は非人道的だ。むしろ聖書は一貫して弱者を保護すること、貧しい人を助けることを教えてきた。人種や経済力によって教育水準や受けられる治療が決まるなんて間違ってる。共産主義に賛同するわけじゃ決して無いけど、少なくとも教育や医療は全ての人に平等に与えれるべきだ。環境汚染を無視して国家の利益だけを求めるのも神様のこの地を管理するようにと召された務めに反してる。中絶は僕も反対だし殺人だと思う。でも中絶を助長する貧困などの社会構造を変えないと、ただ禁止するだけでは長期的な解決にならないよ。

興味深いことにトランプ支持を公言する福音派の友人(上)は大半が白人でした。その反面バイデン支持を表明する福音派の友人(下)の大半は黒人やヒスパニック系でした。どちらを支持する友人も聖書を重んじ、将来牧会者として働くことを目指しています。彼らの選択の違いは福音宣教の働きのために「何を優先するのか」に尽きると思います。その優先順位はその人の生まれ育ちや状況によって変わってきます。バイデンを支持する福音派の友人の多くは裕福ではない環境で育ち、貧しい状況から抜け出せない人々に福音を届けようと必死に神学校で学んでいます。中絶や同性婚などに反対しつつも、彼らにとって教育や貧困問題などの構造的な問題の解決は福音宣教に関わる問題なのです。逆にトランプを支持している福音派の友人は中流階級の中で育った人が多いです。彼らはクリスチャンであると公言すると「差別主義者」と呼ばれ、急速にセキュラリズムが浸透していっている現状に危機感を覚えています。そのようなセキュラー化する社会の中で、またポスト・モダン化する社会の中で、福音の真理を伝えようと必死に学んでいるのです。朝日新聞が報道するように「トランプ氏は神の男」とし、熱烈に支持するような「福音派」は少なくとも私の周りにはいません。

メディアが煽る過度な分断構造

興味深いデータがあります。America’s Divided Mindと題した一連の調査結果です。何が政治的立場の両極化を引き起こすのかという心理学的調査結果がまとめられています。その中で特に面白いのが、いくつかの政策に関して、人々の意見を調査し、その後「相手の政党がどう考えていると思うか」という意見を調査し、その結果を比較したグラフです。移民政策と銃規制という二つのトピックに関して、上は共和党と民主党支持者の意見の幅です。例えば国境であれば「完全に開くべき」が一番左で、「完全に閉じるべき」が一番右です。上のグラフを見ると、実は青と赤が重なっている部分がかなり大きな割合を占めていることがわかります。このオーバーラップしている部分は自称民主党支持者と自称共和党支持者の意見が一致している部分です。(あくまで統計上の話です)ですが下のグラフを見ると、「相手の政党支持者がどう考えているか」という問いに対しては物の見事に二極化してしまっていることが分かります。実際の聞き取り調査は上、相手がどう思っているかという想定は下です。下のグラフにはオーバーラップは全く存在していません。つまり、両者とも両極端の立場を「相手の政党支持者の立場」として捉え、実際にはほとんど存在していない「仮想敵」をマジョリティであるかのように捉えてしまっているのです。そしてまさにこの二極化の構造を作り上げているのが対立を煽っているメディアに他なりません。

 最後に

私は日本人ですから、部外者です。投票権もありません。そしてトランプを支持するクリスチャンもバイデンを支持するクリスチャンも大事な友人です。それぞれが持っている優先順位や価値観に、同意は出来ない部分はあったとしても、理解は出来ます。一番悲しいのがクリスチャン同士がお互いに「トランプを支持するなんてクリスチャンとしてありえない」「バイデンを支持するなんてクリスチャンとしてありえない」とお互いにSNS上で罵倒しあっている姿です。それこそ「クリスチャンとしてありえない」姿なのではないかと思ってしまうのです。なぜなら地上の政党で完全に神様の御心を反映できる政党など存在しないからです。チェコの神学者ミロスラブ・ヴォルフが著書『抱擁と拒絶』で述べているように、キリストを中心としたアイデンティティはそれ以外の全てのアイデンティティを相対化するものです。イエス・キリスト以外のアイデンティティを全て二次的なものとする新しいアイデンティティ、新しい創造(New Creation)なのです。それは地上のアイデンティティにも完全に収まるものではありません。最近のティム・ケラーのフェイスブックの投稿が端的にそれを表現しています。


「初代教会は少なくとも以下の5つの点において知られていた。
1・人種や民族を超えた共同体だったこと
2・貧しい者や社会的な弱者を助けることで知られていたこと
3・報復ではなく赦しへのコミットメントをもっていたこと
4・中絶と新生児の殺戮に強く、また実践的に反対したこと
5・性的倫理に関して革命的だったこと
以上の5つの点は初代教会が聖書に従って行動していた結果です。これらは全て聖書で命じられている事柄です。そしてこれらは今日においても魅力的であり攻撃的なリストです。最初の二つは「リベラル」に聞こえます。後半の二つは「保守派」の響きを持っています。しかし三つ目はどちらにも属さないように見えます。現代の教会は前半の二つか後半の二つかどちらかの選択を迫られる途方もないプレッシャーを受けています。しかしこのリストのどれを捨てることも、キリスト教を正統主義に落とし込み、宣教を弱体化させることにつながります。」
(ティモシー・ケラーのFB投稿より引用)

デイビッド・プラットが著書”Before you vote“で投票者に向けて投げかけている言葉を引用して閉じたいと思います。
「その日、自分自身にも、政党にも、候補者にも、何者にもどんな事柄にも信頼してはいけません。その日イエスだけを信頼しましょう。(中略)
あなたが投票するその瞬間、この短く真摯な祈りを捧げましょう『主よ、御国が来ますように。』」

2 件のコメント

  • アメリカの福音派のほとんどがトランプさん支持で、トランプさんの岩盤であると、マスコミを通して知らされていますが、本当かな?と、内心疑問を感じていました。この記事を読ませて頂き、そうだろうな。と納得しました。感謝します‼️

    • 統計的には確かにトランプ支持が福音派のマジョリティではあると思うのですが、メディアが報じている「福音派」は大抵はWhite Evangelicalと呼ばれる白人層で、福音派全体の3分の2に過ぎません。福音派のその他の3分の1はかなり割れている印象です。「福音派」は聖書論に根付いた定義ですから、政治でくくることは無理があるのではないかと思っています。

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